ハワイ現地からDaisukeが綴るブログ: Hula Diary
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ハワイ現地からDaisukeが綴るブログ: Hula Diary
ハワイ在住スタッフ”ダイスケ(NUI)”によるフラ・ブログ!
■ メリーモナーク出場リストが発表に
2012年01月31日

メリーモナークを見に行く人もそうでない人も、気になる今年の出場ハーラウ・リスト、いつの間に発表になっていました。
メリーモナークのサイトはこちら。
●オラナ&ハワード・アイ
ハーラウ・フラ・オラナ
●カール・ヴィト・ベイカー&マイケル・キャスパング
ハーラウ・イ・カ・ヴェーキウ
●スノーバード・ベント
カ・パー・フラ・オ・カ・レイ・レフア
●マヌ・ボイド
ハーラウ・ケ・アアリイ・クー・マカニ
●メリア・ローベンスタイン・カーター
カ・パー・フラ・オ・カウアノエ・オ・ヴァアヒラ
●エド・コリアー
ハーラウ・オ・ナー・プア・ククイ
●アロハ・ディレリ
ケオララウラニ・ハーラウ・オーラパ・オ・ラカ
●カプア・ディレリ・モエ
ハーラウ・カ・リコ・プア・オ・カラニアーケア
●ホクラニ&ラリー・デレゴ
ハーラウ・フラ・オ・ホクラニ
●マプアナ・デシルヴァ
ハーラウ・モーハラ・イリマ
●ティアレ・ノエラニ・カアーイナ
ハーラウ・ナー・マモ・オ・カアラ
●ラニ・ガール・カレイキ・アーロ
イリマ・フラ・スタジオ
●カウイ・カマナオ&クネヴァ・ムック
フラ・ハーラウ・オ・カムエラ
●リリノエ・リンゼイ
カ・パー・ナニ・オ・リリノエ
●トレイシー&ケアヴェ・ロペス
カ・ラー・オーノヒ・マイ・ハエハエ
●チンキー・マホエ
カワイリウラー
●カレオ・トリニダッド
カ・レオ・オ・ラカ・イ・カ・ヒキナ・オ・カ・ラー
●カイリヒヴァ・ヴォーン・ダーヴァル
ハーラウ・フラ・カ・レフア・トゥアヒネ
●イリアヒ&ハウナニ・パレデス
ハーラウ・ケクアオカラーアウアラアイリアヒ
●レイナアラ・パヴァオ・ジャーデン
ハーラウ・カ・レイ・モキハナ・オ・レイナアラ
●ケアリイ・セバロス
ハーラウ・ケアリイ・オ・ナー・ラニ
●シェルディーン・ハレアマウ
ハーラウ・フラ・カレイモミ
●マーク・ケアリイ・ホオマル
アカデミー・オブ・ハワイアン・アーツ
どうでしょう?
出場は23組。強豪ケアリイ、サニーはおやすみ。
そしてハワイ島から出場はなし。
その代わりひさしぶりに出場はエド、マヌ、そしてマーク。
乱戦模様の気配の今年のメリーモナーク、楽しみですね!
メリーモナークのサイトはこちら。
●オラナ&ハワード・アイ
ハーラウ・フラ・オラナ
●カール・ヴィト・ベイカー&マイケル・キャスパング
ハーラウ・イ・カ・ヴェーキウ
●スノーバード・ベント
カ・パー・フラ・オ・カ・レイ・レフア
●マヌ・ボイド
ハーラウ・ケ・アアリイ・クー・マカニ
●メリア・ローベンスタイン・カーター
カ・パー・フラ・オ・カウアノエ・オ・ヴァアヒラ
●エド・コリアー
ハーラウ・オ・ナー・プア・ククイ
●アロハ・ディレリ
ケオララウラニ・ハーラウ・オーラパ・オ・ラカ
●カプア・ディレリ・モエ
ハーラウ・カ・リコ・プア・オ・カラニアーケア
●ホクラニ&ラリー・デレゴ
ハーラウ・フラ・オ・ホクラニ
●マプアナ・デシルヴァ
ハーラウ・モーハラ・イリマ
●ティアレ・ノエラニ・カアーイナ
ハーラウ・ナー・マモ・オ・カアラ
●ラニ・ガール・カレイキ・アーロ
イリマ・フラ・スタジオ
●カウイ・カマナオ&クネヴァ・ムック
フラ・ハーラウ・オ・カムエラ
●リリノエ・リンゼイ
カ・パー・ナニ・オ・リリノエ
●トレイシー&ケアヴェ・ロペス
カ・ラー・オーノヒ・マイ・ハエハエ
●チンキー・マホエ
カワイリウラー
●カレオ・トリニダッド
カ・レオ・オ・ラカ・イ・カ・ヒキナ・オ・カ・ラー
●カイリヒヴァ・ヴォーン・ダーヴァル
ハーラウ・フラ・カ・レフア・トゥアヒネ
●イリアヒ&ハウナニ・パレデス
ハーラウ・ケクアオカラーアウアラアイリアヒ
●レイナアラ・パヴァオ・ジャーデン
ハーラウ・カ・レイ・モキハナ・オ・レイナアラ
●ケアリイ・セバロス
ハーラウ・ケアリイ・オ・ナー・ラニ
●シェルディーン・ハレアマウ
ハーラウ・フラ・カレイモミ
●マーク・ケアリイ・ホオマル
アカデミー・オブ・ハワイアン・アーツ
どうでしょう?
出場は23組。強豪ケアリイ、サニーはおやすみ。
そしてハワイ島から出場はなし。
その代わりひさしぶりに出場はエド、マヌ、そしてマーク。
乱戦模様の気配の今年のメリーモナーク、楽しみですね!
■ クジラが!
2012年01月12日


まずは何よりこの映像を見てください!
先日ザトウクジラが二頭ホノルル・ハーバーに入ってきてしまったことがニュースになっていました。 http://www.hawaiinewsnow.com/slideshow?widgetid=43216 (Hawaii News Now photo by Christopher Lee & Cheturata)
今ハワイはクジラのシーズン真っ盛りではありますが、ハーバーの中、岸壁すぐそばまで来るというのは、前代未聞のことで、港には見物客が集まりました。その日の夜のテレビ・ニュースでも報道されたことで、翌日もクジラを間近に見ようとたくさんの人が集まったそうです。
ここで、ハワイに集まるクジラの基本的なことを。
ハワイの近海には毎年冬(12月から3月)になるとザトウクジラが集まります。その数は数百頭から一千頭以上とまで言われています。夏の間は北の海(アラスカ周辺)で過ごし、冬を越すための「ため食い」をしています。北の海が氷で覆われる前に、温かいハワイ近海に数千キロの旅をするザトウクジラたちは、冬の間ここで繁殖、出産、子育てをします。ちなみにハワイ近海にいる間は何も食べないそうです。そんなクジラたちを見物するホエール・ウォッチング・クルーズが冬の観光アクティビティーとして相変わらず人気です。ザトウクジラは条例で保護されていて、100ヤード以内に近づいてはいけないルールがありますが、クジラのほうから寄ってきた場合にはそのままでいいことになっています。そして、最近のハワイで見られるクジラは長年の保護のかいあってか、人間に対してとてもフレンドリーで、クルーズ船に自分で近づいてきて、併走(併泳?)する姿を見せてくれたり、ボートに身体をこすりつけてきたりするという行動が多く観察されているそうです。 今回の岸壁近くまで来てのんびり過ごしていたクジラたちは、ハーバー内で作業しているタグボートに付いてきてしまったのだそうです。 クジラが人間と仲良くしようとしている、なんて考えるとなんだか楽しくなりませんか? ちなみに僕は普段ほとんど夢を覚えていないのですが、ときどきクジラやイルカの夢で目が覚めることがあります。そういう夢だけはよく覚えていて、今回のハーバーに入ってきたクジラの映像を見て、ちょっとびっくりしてしまいました。まるでデジャブだったからです。
2006年2月12日の僕の夢→ こちら
先日ザトウクジラが二頭ホノルル・ハーバーに入ってきてしまったことがニュースになっていました。 http://www.hawaiinewsnow.com/slideshow?widgetid=43216 (Hawaii News Now photo by Christopher Lee & Cheturata)
今ハワイはクジラのシーズン真っ盛りではありますが、ハーバーの中、岸壁すぐそばまで来るというのは、前代未聞のことで、港には見物客が集まりました。その日の夜のテレビ・ニュースでも報道されたことで、翌日もクジラを間近に見ようとたくさんの人が集まったそうです。
ここで、ハワイに集まるクジラの基本的なことを。
ハワイの近海には毎年冬(12月から3月)になるとザトウクジラが集まります。その数は数百頭から一千頭以上とまで言われています。夏の間は北の海(アラスカ周辺)で過ごし、冬を越すための「ため食い」をしています。北の海が氷で覆われる前に、温かいハワイ近海に数千キロの旅をするザトウクジラたちは、冬の間ここで繁殖、出産、子育てをします。ちなみにハワイ近海にいる間は何も食べないそうです。そんなクジラたちを見物するホエール・ウォッチング・クルーズが冬の観光アクティビティーとして相変わらず人気です。ザトウクジラは条例で保護されていて、100ヤード以内に近づいてはいけないルールがありますが、クジラのほうから寄ってきた場合にはそのままでいいことになっています。そして、最近のハワイで見られるクジラは長年の保護のかいあってか、人間に対してとてもフレンドリーで、クルーズ船に自分で近づいてきて、併走(併泳?)する姿を見せてくれたり、ボートに身体をこすりつけてきたりするという行動が多く観察されているそうです。 今回の岸壁近くまで来てのんびり過ごしていたクジラたちは、ハーバー内で作業しているタグボートに付いてきてしまったのだそうです。 クジラが人間と仲良くしようとしている、なんて考えるとなんだか楽しくなりませんか? ちなみに僕は普段ほとんど夢を覚えていないのですが、ときどきクジラやイルカの夢で目が覚めることがあります。そういう夢だけはよく覚えていて、今回のハーバーに入ってきたクジラの映像を見て、ちょっとびっくりしてしまいました。まるでデジャブだったからです。
2006年2月12日の僕の夢→ こちら
■ ビショップに新イベント・マネージャー
2011年12月26日


ビショップ・ミュージアムにひさしぶりに行きました。
イベント・マネージャー、メレ・アパナさんに会いに。
彼女はラジオDJとして長年活躍、いろいろなハワイアン・コンサートやイベントでMCをつとめたり、自らイベントをプロデュースしたりしてきたエンターテイナーで、ラジオやステージで見せるコメディアン的なキャラクターが地元の人に人気の女性なんですが、最近ビショップ・ミュージアムから誘いを受けて、イベント・マネージャーのポジションをゲットしたようです。
「超」が付くくらいのテンションの高さで、いつもおちゃらけて賑やかな彼女ですが、フラ&ハワイアン・ミュージック・コミュニティーとの親交も厚く、ラジオやイベント・ステージでフラをネタにジョークを飛ばしたり、クムフラを茶化したりしても、全然嫌みなく許されてしまう、僕も大好きな愉快な女性です。
フラやハワイアン・ミュージックのバックグラウンドを持つファミリーに育った彼女にとって、ビショップ・ミュージアムというのは特別な場所のようです。今回、縁があってビショップで働けることになったことをとても喜んでいました。今後、今まで以上にハワイアンの血をひく人たち、ハワイのカルチャーを大切にする人たちが集まる場所、ギャザリング・プレースとしてもっとこの場所を開放していきたい、というメレさんに今後のイベントの予定について聞きました。
1月は、クムフラ、メリア・ローベンスタイン・カーターのハーラウの20周年記念イベントが15日に、23日にはビショップ・ミュージアムの創設者であるハワイ王国のプリンセス・パウアヒの夫、チャールズ・ビショップを讃えるイベント、4月にはハワイのネイティブ・プランツを展示販売しハワイアン・ミュージシャンによるコンサートを行う『Grow Hawaii』というイベント、そして5月にはハワイの音楽をテーマにしたフェスティバル『メレ・メイ・フェスティバル』関連のイベントもここで行うことを計画中、とのこと。ハワイアン・ミュージックやフラを、ハワイアンとノン・ハワイアンがみんなでシェアして楽しめるイベントを積極的に開催していきたい、と語ってくれました。
ビショップ・ミュージアムは、今後フラ・イベントの会場として、今まで以上に利用されることになりそうで楽しみです。日本からもイベントやホイケをここで、というのはいかがでしょうか?
イベント・マネージャー、メレ・アパナさんに会いに。
彼女はラジオDJとして長年活躍、いろいろなハワイアン・コンサートやイベントでMCをつとめたり、自らイベントをプロデュースしたりしてきたエンターテイナーで、ラジオやステージで見せるコメディアン的なキャラクターが地元の人に人気の女性なんですが、最近ビショップ・ミュージアムから誘いを受けて、イベント・マネージャーのポジションをゲットしたようです。
「超」が付くくらいのテンションの高さで、いつもおちゃらけて賑やかな彼女ですが、フラ&ハワイアン・ミュージック・コミュニティーとの親交も厚く、ラジオやイベント・ステージでフラをネタにジョークを飛ばしたり、クムフラを茶化したりしても、全然嫌みなく許されてしまう、僕も大好きな愉快な女性です。
フラやハワイアン・ミュージックのバックグラウンドを持つファミリーに育った彼女にとって、ビショップ・ミュージアムというのは特別な場所のようです。今回、縁があってビショップで働けることになったことをとても喜んでいました。今後、今まで以上にハワイアンの血をひく人たち、ハワイのカルチャーを大切にする人たちが集まる場所、ギャザリング・プレースとしてもっとこの場所を開放していきたい、というメレさんに今後のイベントの予定について聞きました。
1月は、クムフラ、メリア・ローベンスタイン・カーターのハーラウの20周年記念イベントが15日に、23日にはビショップ・ミュージアムの創設者であるハワイ王国のプリンセス・パウアヒの夫、チャールズ・ビショップを讃えるイベント、4月にはハワイのネイティブ・プランツを展示販売しハワイアン・ミュージシャンによるコンサートを行う『Grow Hawaii』というイベント、そして5月にはハワイの音楽をテーマにしたフェスティバル『メレ・メイ・フェスティバル』関連のイベントもここで行うことを計画中、とのこと。ハワイアン・ミュージックやフラを、ハワイアンとノン・ハワイアンがみんなでシェアして楽しめるイベントを積極的に開催していきたい、と語ってくれました。
ビショップ・ミュージアムは、今後フラ・イベントの会場として、今まで以上に利用されることになりそうで楽しみです。日本からもイベントやホイケをここで、というのはいかがでしょうか?
■ プアケアさんからお知らせ
2011年12月02日

先日、1月発売本誌記事『ハクメレ〜ソングライターのマナオ』の取材でヌウアヌ・パリへ行きました。
今回取り上げる曲は、僕も大好きな曲、ケアリイ・レイシェルのレイ・ハリア。そしてこの曲について語っていただくのは、作者でハワイ語の権威でいらっしゃるプアケア・ノゴマイヤーさん。
レイ・ハリアの舞台がヌウアヌということで、ヌウアヌ・パリのルックアウトで取材させていただきました。この名曲の生まれた背景について、とても興味深い話を語ってくれました。詳しくは本誌の記事をお楽しみに!
さて、プアケアさんからお知らせです。
現代のハワイ語権威である彼が中心となって大々的にハワイ語関連プロジェクトがスタートしています。これはハワイ語研究の貴重な資料となる現存するハワイ語新聞(1834年から1948年の間に発行されたもの)をデータ化し検索可能にするというもの。
7万5千ページに及ぶ膨大な資料のうち、これまでに1万5千ページがデータ化され、その内容の持つ価値がすでに認識されています。ハワイアンの文化、言語の研究と理解をさらに進めるためにも、ハワイの人たちとその文化を大切にする人たちの財産とも言えるハワイ語新聞資料の完全データ化が望まれています。そこで立ち上げられたのがプロジェクト『‘Ike Kū‘oko‘a』。ボランティアの有志を世界に募り、一斉にデータ化を進めよう、というもの。
完成目標は2012年7月31日。
このボランティアに参加するのに制限はありません。ハワイ語の知識も必要なし。インターネットを使って、ハワイ語新聞の記事をテキストに打っていくことができればどなたでも参加できます。
フラを愛し、ハワイを愛する人、ハワイのために何かしたいという思いを持っているかた、ぜひこのプロジェクトに参加してみませんか? 僕ももちろん参加します。 詳細はこちら→ www.awaiaulu.org
今回取り上げる曲は、僕も大好きな曲、ケアリイ・レイシェルのレイ・ハリア。そしてこの曲について語っていただくのは、作者でハワイ語の権威でいらっしゃるプアケア・ノゴマイヤーさん。
レイ・ハリアの舞台がヌウアヌということで、ヌウアヌ・パリのルックアウトで取材させていただきました。この名曲の生まれた背景について、とても興味深い話を語ってくれました。詳しくは本誌の記事をお楽しみに!
さて、プアケアさんからお知らせです。
現代のハワイ語権威である彼が中心となって大々的にハワイ語関連プロジェクトがスタートしています。これはハワイ語研究の貴重な資料となる現存するハワイ語新聞(1834年から1948年の間に発行されたもの)をデータ化し検索可能にするというもの。
7万5千ページに及ぶ膨大な資料のうち、これまでに1万5千ページがデータ化され、その内容の持つ価値がすでに認識されています。ハワイアンの文化、言語の研究と理解をさらに進めるためにも、ハワイの人たちとその文化を大切にする人たちの財産とも言えるハワイ語新聞資料の完全データ化が望まれています。そこで立ち上げられたのがプロジェクト『‘Ike Kū‘oko‘a』。ボランティアの有志を世界に募り、一斉にデータ化を進めよう、というもの。
完成目標は2012年7月31日。
このボランティアに参加するのに制限はありません。ハワイ語の知識も必要なし。インターネットを使って、ハワイ語新聞の記事をテキストに打っていくことができればどなたでも参加できます。
フラを愛し、ハワイを愛する人、ハワイのために何かしたいという思いを持っているかた、ぜひこのプロジェクトに参加してみませんか? 僕ももちろん参加します。 詳細はこちら→ www.awaiaulu.org
■ APEC weekend
2011年11月21日





APEC一色の先週のオアフ島の週末、二つのイベントに出かけました。どちらもラジオ番組用の取材で。
一つは『オバマのオバマ』という展示会。
場所はホノルルの日本文化センター。なんと福井県小浜市から『オバマを勝手に応援する会』の方々が小浜市の市長とフラダンサー・グループ、オバマガールズとともにいらしていました。
代表の藤原さんに会いにいったら、そこに友人のモーハワイ編集長、へなちょこ・しゅんが一緒にいるので、聞くとしゅんは小浜市出身で、藤原さんともお知り合いだという。しかもしゅんの学生時代からの友人で、僕がフラレアの仕事を一緒にしているカメラマン、クニも知っているとか!?スモール・ワールドである。
オバマまんじゅうをはじめ、いろいろなオバマ・グッズが商品化され販売されている小浜市から、いくつものアイテムが会場に持ち込まれ、アメリカ本土のオバマ・グッズとともに展示されていました。
オバマガールズと小浜市からいらした皆さんの集合写真を撮影させていただきました。
もう一つのイベントは、ワールド・インビテーショナル・フラ。今年20回目となる大会は、APECの都合で会場をワイキキ・シェルからニール・ブレイズデル・コンサート・ホールに移して実施。なんだかこっちの会場のほうがこのイベントにはいい気がしながら、3日目の最終日のステージを楽しみました。僕が観て気に入ったのは、ナラニ・ケアレの日本校のグループのパフォーマンス。マカハ・サンズのケ・アラウラをマカハ・サンズの演奏で。素晴らしかった。
一つは『オバマのオバマ』という展示会。
場所はホノルルの日本文化センター。なんと福井県小浜市から『オバマを勝手に応援する会』の方々が小浜市の市長とフラダンサー・グループ、オバマガールズとともにいらしていました。
代表の藤原さんに会いにいったら、そこに友人のモーハワイ編集長、へなちょこ・しゅんが一緒にいるので、聞くとしゅんは小浜市出身で、藤原さんともお知り合いだという。しかもしゅんの学生時代からの友人で、僕がフラレアの仕事を一緒にしているカメラマン、クニも知っているとか!?スモール・ワールドである。
オバマまんじゅうをはじめ、いろいろなオバマ・グッズが商品化され販売されている小浜市から、いくつものアイテムが会場に持ち込まれ、アメリカ本土のオバマ・グッズとともに展示されていました。
オバマガールズと小浜市からいらした皆さんの集合写真を撮影させていただきました。
もう一つのイベントは、ワールド・インビテーショナル・フラ。今年20回目となる大会は、APECの都合で会場をワイキキ・シェルからニール・ブレイズデル・コンサート・ホールに移して実施。なんだかこっちの会場のほうがこのイベントにはいい気がしながら、3日目の最終日のステージを楽しみました。僕が観て気に入ったのは、ナラニ・ケアレの日本校のグループのパフォーマンス。マカハ・サンズのケ・アラウラをマカハ・サンズの演奏で。素晴らしかった。
■ プエオとの出会い
2011年10月21日





プエオってご存知ですか?
ハワイ語でフクロウのこと。
ハワイとフクロウって、いまひとつイメージが合わないと感じるのは僕だけではないと思います。 でもハワイ語で呼び名があるということは、きっと昔からいたんでしょうね。
ちなみにプエオというのは、英語ではShort-eared Owl、日本ではコミミズクと呼ばれている、フクロウ目フクロウ科に分類される鳥。ハワイで買った『Hawaii’s Bird』という本によれば、カウアイ島、マウイ島、ハワイ島でよく見られ、オアフ島では絶滅危惧種とされているようです。そして昔からハワイの人たちはプエオをアウマクア(守護神)のひとつとして神聖な存在として見てきました。
マノアの虹の女神(カハラオプナ)の神話では、殺されたカハラオプナの命を蘇らせるために登場します。
じつはそんなプエオに、先日オアフ島の森のなかで出会うという貴重な体験をしました。僕個人のプエオ体験は過去に2回。ハワイに20年在住ですが、その2回と今回を含めて3回ともこの1年間のうちに起こった出来事です。
最初に見たのはハワイ島キラウエアででした。クム・ヒューエットのフラ合宿に、日本から参加のフラダンサーたちのコーディネーターとして参加中、クム宅兼ハーラウの2階の広いラナイでみんなでくつろいでいるとき、夕方のオレンジ色の空気のなか、キラウエアの山頂のだだっ広い草原と森とその向こうの溶岩の地が広がる景色の中を、羽を大きく広げたプエオがゆっくりと優雅に滑空したのでした。その神秘的な姿に、とても感動しました。
2回目はマウイ島で。クムフラ、コディー・”プエオ”・パタさんの案内で(フラレア本誌マウイ特集の記事取材時)ハレアカラ山頂に登った帰り道、僕らの車を先導するようにプエオが突然現れて、しばらく前を飛んだのでした。
そして今回はオアフ島コオラウの森の中で。前回の記事でちょっと触れた、絶滅危惧種のハワイの原生植物を守るプロジェクトの一員である、二人の女性スペシャリストと山に入ったときでした。4WDのトラックで、コオラウの尾根のてっぺんへ続くトレッキングコースの入り口に向かって、山道を登っているときプエオが現れて、トラックの前を、コアの林に囲まれた車一台分の幅で続く道を、トラックの前をゆっくりと飛ぶのです。少し行くとコアの木の枝に止まって振り返り、大きな目を僕らのほうに向けます。僕らが追いつくとまた飛び立ち、しばらく前を飛んでまたコアの枝に止まる、ということを繰り返すのでした。さらに写真におさめようとカメラを出す僕のことを待っていてくれているかのように、じっとこちらを見ているコアの枝のプエオを、見事に写真におさめることができたのでした。 何度もこの山に登っている二人のスペシャリストも「こんなこと初めて!」「これはとても幸運だわ!」「きっと私たちに何か伝えようとしているのよ!」と大興奮。
プエオ、ちょっとコミカルな顔と姿だけど、本当に神秘的な存在だと感じました。
ハワイ語でフクロウのこと。
ハワイとフクロウって、いまひとつイメージが合わないと感じるのは僕だけではないと思います。 でもハワイ語で呼び名があるということは、きっと昔からいたんでしょうね。
ちなみにプエオというのは、英語ではShort-eared Owl、日本ではコミミズクと呼ばれている、フクロウ目フクロウ科に分類される鳥。ハワイで買った『Hawaii’s Bird』という本によれば、カウアイ島、マウイ島、ハワイ島でよく見られ、オアフ島では絶滅危惧種とされているようです。そして昔からハワイの人たちはプエオをアウマクア(守護神)のひとつとして神聖な存在として見てきました。
マノアの虹の女神(カハラオプナ)の神話では、殺されたカハラオプナの命を蘇らせるために登場します。
じつはそんなプエオに、先日オアフ島の森のなかで出会うという貴重な体験をしました。僕個人のプエオ体験は過去に2回。ハワイに20年在住ですが、その2回と今回を含めて3回ともこの1年間のうちに起こった出来事です。
最初に見たのはハワイ島キラウエアででした。クム・ヒューエットのフラ合宿に、日本から参加のフラダンサーたちのコーディネーターとして参加中、クム宅兼ハーラウの2階の広いラナイでみんなでくつろいでいるとき、夕方のオレンジ色の空気のなか、キラウエアの山頂のだだっ広い草原と森とその向こうの溶岩の地が広がる景色の中を、羽を大きく広げたプエオがゆっくりと優雅に滑空したのでした。その神秘的な姿に、とても感動しました。
2回目はマウイ島で。クムフラ、コディー・”プエオ”・パタさんの案内で(フラレア本誌マウイ特集の記事取材時)ハレアカラ山頂に登った帰り道、僕らの車を先導するようにプエオが突然現れて、しばらく前を飛んだのでした。
そして今回はオアフ島コオラウの森の中で。前回の記事でちょっと触れた、絶滅危惧種のハワイの原生植物を守るプロジェクトの一員である、二人の女性スペシャリストと山に入ったときでした。4WDのトラックで、コオラウの尾根のてっぺんへ続くトレッキングコースの入り口に向かって、山道を登っているときプエオが現れて、トラックの前を、コアの林に囲まれた車一台分の幅で続く道を、トラックの前をゆっくりと飛ぶのです。少し行くとコアの木の枝に止まって振り返り、大きな目を僕らのほうに向けます。僕らが追いつくとまた飛び立ち、しばらく前を飛んでまたコアの枝に止まる、ということを繰り返すのでした。さらに写真におさめようとカメラを出す僕のことを待っていてくれているかのように、じっとこちらを見ているコアの枝のプエオを、見事に写真におさめることができたのでした。 何度もこの山に登っている二人のスペシャリストも「こんなこと初めて!」「これはとても幸運だわ!」「きっと私たちに何か伝えようとしているのよ!」と大興奮。
プエオ、ちょっとコミカルな顔と姿だけど、本当に神秘的な存在だと感じました。
■ ハワイの植物絶滅種はマノアが救う?
2011年10月03日



ホノルルの裏庭、森と山と雨と虹の谷マノア。
ワイキキから車でたったの15分ほどなのに、その環境はもちろん、空気まで違う、まるで都会のオアシス。そんなマノアの谷の行き止まりには、森の奥にあるマノアの滝に続くトレッキング・コースがある。
そのトレッキング・コースの入り口の手前左には、Lyon Arboretum という広大な樹木園がある。ハワイ原生の植物はじめ、たくさんの木々や草花がここに植えられている。マノアの滝のトレイルと並んで、僕が大好きな場所だ。
この樹木園は、ハワイ大学マノア校の研究機関としても機能している。
先日、ここのラボに入って研究員のかたと接する機会を持つことができた。『ハワイ植物絶滅種保護プロジェクト』という研究事業がここで進められていて、ハワイの森の奥から貴重な植物の種を集め、それら絶滅危惧植物の種を芽吹かせ、試験管の中で育て個数を増やす作業が行われている。見せてもらった試験管ベビー(?)・ルームには、200種を超える植物たちの芽が、何千本も保管されていて圧巻でした。タロ(カロ)の貴重種の芽だったり、島の西マクアの谷でしか見られないガーデニア種の芽だったり、シダ類だったり、本当にいろいろ。研究室のかたからは、膨大なコレクションのなかから何本かの絶滅危惧種試験管ベビーをいただいた。
「部屋で育ててみなさい」と誘われた。
今、僕の部屋には5種類の絶滅危惧種が同居している。元気に育ってもらいたくて、毎日その植物たちに語りかけながら、ハワイが持つユニークな植物相が、これからも守られていくとを祈ってみる。
また、そういうことに関して日本のフラガールが興味を持ち、さらに何かアクションを起こしてくれるようになるといいな。。。
ワイキキから車でたったの15分ほどなのに、その環境はもちろん、空気まで違う、まるで都会のオアシス。そんなマノアの谷の行き止まりには、森の奥にあるマノアの滝に続くトレッキング・コースがある。
そのトレッキング・コースの入り口の手前左には、Lyon Arboretum という広大な樹木園がある。ハワイ原生の植物はじめ、たくさんの木々や草花がここに植えられている。マノアの滝のトレイルと並んで、僕が大好きな場所だ。
この樹木園は、ハワイ大学マノア校の研究機関としても機能している。
先日、ここのラボに入って研究員のかたと接する機会を持つことができた。『ハワイ植物絶滅種保護プロジェクト』という研究事業がここで進められていて、ハワイの森の奥から貴重な植物の種を集め、それら絶滅危惧植物の種を芽吹かせ、試験管の中で育て個数を増やす作業が行われている。見せてもらった試験管ベビー(?)・ルームには、200種を超える植物たちの芽が、何千本も保管されていて圧巻でした。タロ(カロ)の貴重種の芽だったり、島の西マクアの谷でしか見られないガーデニア種の芽だったり、シダ類だったり、本当にいろいろ。研究室のかたからは、膨大なコレクションのなかから何本かの絶滅危惧種試験管ベビーをいただいた。
「部屋で育ててみなさい」と誘われた。
今、僕の部屋には5種類の絶滅危惧種が同居している。元気に育ってもらいたくて、毎日その植物たちに語りかけながら、ハワイが持つユニークな植物相が、これからも守られていくとを祈ってみる。
また、そういうことに関して日本のフラガールが興味を持ち、さらに何かアクションを起こしてくれるようになるといいな。。。
■ 音楽園取材
2011年09月22日

次号10月発売号のフラレア本誌記事『音楽園』に登場するのは、今年のナ・ホク・ハノハノで4部門獲得の注目のアーティスト、マーク・ヤマナカです。
彼はヒロ在住。インタビュー&撮影もハワイ島ヒロで行いました。インタビューの内容については10月発売の本誌をぜひ読んでいただきたいのですが、ここで、記事にならなかったこぼれ話を少し。
ナ・ホクを受賞したアルバム『Lei Pua Kenikeni』は、彼のデビュー・アルバムだけれど、ミュージシャンとしてはもう何年も活動している。なかでも特筆すべきは、ヒロのクムフラ、ジョニー・ラム・ホーのハーラウ・バンドのメンバーとしての活動。ナ・ホク受賞で今年はナ・ヒヴァヒヴァ他、日本での演奏仕事が多くなった彼だけど、これまでにも何度もクム・ジョニーと来日して演奏している。去年のメリーモナークでもクム・ジョニーのハーラウのステージでアウアナ・ソングを歌っていた。
そんな彼に、一番お気に入りのフラダンサーは誰?と聞いたら、答えはナターシャ・オダとのこと。
ナターシャといえば、マークと同じヒロ出身、クム・ジョニーのダンサーとして2001年のメリー・モナークで伝説的なパフォーマンスでミス・アロハ・フラに輝いた人。
「今でも時々YouTubeであのときの彼女のフラを見るんだ。何度見てもすごい」
というマークに全くの同感。
来月、ナターシャは名古屋と横浜でコンサートを行う(http://www.hulahawaii.co.jp/hotpinkhale/index)。マークもクム・ジョニーも出演とのこと。
ナターシャからのビデオ・メッセージはこちら↓
彼はヒロ在住。インタビュー&撮影もハワイ島ヒロで行いました。インタビューの内容については10月発売の本誌をぜひ読んでいただきたいのですが、ここで、記事にならなかったこぼれ話を少し。
ナ・ホクを受賞したアルバム『Lei Pua Kenikeni』は、彼のデビュー・アルバムだけれど、ミュージシャンとしてはもう何年も活動している。なかでも特筆すべきは、ヒロのクムフラ、ジョニー・ラム・ホーのハーラウ・バンドのメンバーとしての活動。ナ・ホク受賞で今年はナ・ヒヴァヒヴァ他、日本での演奏仕事が多くなった彼だけど、これまでにも何度もクム・ジョニーと来日して演奏している。去年のメリーモナークでもクム・ジョニーのハーラウのステージでアウアナ・ソングを歌っていた。
そんな彼に、一番お気に入りのフラダンサーは誰?と聞いたら、答えはナターシャ・オダとのこと。
ナターシャといえば、マークと同じヒロ出身、クム・ジョニーのダンサーとして2001年のメリー・モナークで伝説的なパフォーマンスでミス・アロハ・フラに輝いた人。
「今でも時々YouTubeであのときの彼女のフラを見るんだ。何度見てもすごい」
というマークに全くの同感。
来月、ナターシャは名古屋と横浜でコンサートを行う(http://www.hulahawaii.co.jp/hotpinkhale/index)。マークもクム・ジョニーも出演とのこと。
ナターシャからのビデオ・メッセージはこちら↓
■ フラ・ツアー
2011年08月24日





先日ご招待を受けて、フラ・ツアーに参加しました。
『フラ・ヒストリア〜フラの歴史と本質を探る旅』というもので、主宰はHawaii Educational Programsという会社。その日はメディア関係者、ツアー会社関係者向けのFAMツアーということで、僕も参加しました。
集合は午前9時。ワイキキ、クヒオ・ビーチの『魔法の石』前。主宰者の挨拶とツアーの説明を聞いて、ツアー開始。
このツアーのガイドの方が、早速この場所の『魔法の石』の歴史について説明。そしてバスに乗り込み出発。
目的地はヌウアヌにあるクイーン・エマ・サマー・パレス。
道中、車内ではハワイアン・カルチャー&ヒストリーが勉強できるDVDがガイドの解説とともに上映されます。フラ文化のルーツのこと、ペレ、ヒイアカ、ラカなどの女神のこと、王国時代のことを含め、フラの歴史についてかなりしっかりとまとめられていました。
約40分後、クイーン・エマ・サマー・パレスに到着。ここでクムフラ、ナマハナさんにオリで迎えられ、敷地内の植物見学へ。赤と黄色のレフアもここにあったのを初めて知る。それからメインのパレスの横にある建物に入って『古代ハラウ・フラ探訪』のパフォーマンス&デモンストレーション観覧。クムフラ・ナマハナさんの実演とスクリーンに映し出される映像で、古代ハワイのフラがどんなものだったのかを勉強する。
途中、フラ楽器の使い方、フラのベーシック・ステップ体験コーナーがあって、ツアー客も参加。約1時間半のこのプログラムを終えて、ハワイアン・フードのプレートランチを食べて、次の目的地、イオラニ・パレスへ。
イオラニ・パレスでは、敷地内を歩き、ガイドによるこの場所とフラとの関わりについて解説を聞く。館内には入らず、再びバスに乗り込みワイキキへ帰ってツアー終了。
全行程5時間というツアー。
全体的に学校の社会見学遠足のような、ひたすら聞いて見て勉強する、という雰囲気で、個人的には僕がフラ・ビギナーの客だったら情報過多でおなかいっぱいな感じになりそう、と感じましたが、フラをある程度勉強していて、フラの歴史について知識としての情報をわかりやすく勉強したい、という人にはいいかも。そういう人には、逆に体験コーナーはきっと物足りなく感じることでしょう。
代わりにデモンストレーションで見せてくれたオリやカヒコを一曲習わせてもらえたら、満足感は倍になりそう。
ツアーの内容については、今回の感想&意見を取り入れて、今後ブラッシュアップしていくということなので、僕なりの感想・意見を提出しておきました。今後バージョンアップされることを期待しています。 『フラ・ヒストリア』ツアーのサイトはこちら
■ こちらの世界とあちらの世界
2011年08月11日

虹の谷と呼ばれる、虹の女神カハラオプナの地マノアに住むようになって7年。日々現れる虹の洗礼を繰り返し受けたためなのか、僕はいつのまに、誰よりも先に虹を見つけるのが得意になってしまった。
近頃は、虹が出ることを予測できることすらある。そんなことができても何の得にもなりはしない、とあなたは言うかもしれないのだけど、たまたま友人だったりお客さんだったりするフラガールと一緒にいるときに、虹を見せてあげることができると大変喜ばれるので、それはそれで悪くない特技だと思っている。
虹がよく現れるハワイでは、虹はどんなふうに見られてきたのだろう? 虹に関する迷信はどんなものがあるんだろう?
そんな素朴な疑問をあるとき持って、ハワイアン・カルチャー系の本をいろいろ調べていて、以前興味深いことを発見した。
僕にとっては意外なことだったのだけど、虹は”死”と関連づけられていることがわかった。
というのも、ハワイアンの人の中には虹が現れると「あ、あのあたりに住んでいる誰かが亡くなったんだ」と考える人がいるらしい。
年老いた母親を看病してきた女性が、外出中、目の前に現れた虹を見て、母が逝ってしまったんだと突然泣き出し、虹によって家族の死を知る、というエピソードを、ハワイ語辞書編纂のメアリー・カヴェナ・プクイ女史の本で読んだことがある。
つまり虹は、現世と後世をつなぐために現れるトンネルのようなものとして、ハワイの人は考えたのかもしれない。
『オーバー・ザ・レインボー』を歌ったイズは、生前あるインタビューでこう言っている。 「俺は死を恐れてはいない。だってハワイアンはいつも、こちらの世界とあちらの世界、ふたつの世界に生きているから」。 オリやチャントやフラに名残を見れるように、ハワイの人は昔から、自然界に神(アクア)や守護霊・先祖霊(アウマクア)の存在を感じ、それに祈りを捧げたり、メッセージを受け取りながら、生活していた。スピリチュアルな世界と現実の世界も、あの世とこの世も、3次元の世界と4次元の世界も、別々のものではなく、ひとつのもの、対になっているものとして見ていたのではないか、と想像させる。
僕個人の虹体験がある。20年連れ添った愛猫を、2年前に亡くした。息をひきとった少し後、これまで見たこともないような、濃くて明るいダブル・レインボーがマノアに現れた。息をのんでその虹を見上げながら、僕は心の中でその虹が彼女(愛猫)の虹だと確信させられる思いだった。それはお別れの置き土産のようでもあり、彼女から送られたメッセージのようでもあった。
先週、僕はラジオ番組のためのカウアイ取材旅行に出かけた。出かける朝、友人のフラガールが亡くなったという悲しい知らせが届いた。健康そのものの彼女とは、ほんの数週間前にハワイで再会したばかりだったから、びっくりしすぎてうまくのみ込めないまま旅を続けた。取材しながら、いろいろな景色を見ながら、車をドライブしながら、頭の片隅ではずっと、彼女とのそんなに多くない思い出が巡っていた。もっとフラのこと、ハワイの文化のことを知りたい、と強く思うようになっていた彼女は、ペレとヒイアカの神話をあなたの文章で読みたいから、ぜひ翻訳してくれと、亡くなる直前までメールで催促していた。最後のメールでは、何人かの同志を集めて謝礼をするから、とまで言ってくれていた。
彼女のためにどうしてもっと早く手がけてあげなかったんだろう。そんな思いやなんやかんやで、友人の死をうまくのみ込めない僕の思考はうつろだった。
カウアイ滞在中お世話になったネイチャー・ガイド(彼女もフラ・ダンサー)が、どうしても連れて行きたい、と半ば強引にワイメア・キャニオンに連れていってくれた。茂みの向こうにときどきキャニオンを見下ろしながら走る道をドライブ中、僕の目に一瞬、キャニオンの崖に虹が見えたような気がした。「虹が出てる」と言って、次のルックアウトで車を停めてもらった。車を降りて崖を見下ろしても、そこには虹がなかった。一瞬で消えてしまったのか、それとも幻だったのか。でも虹の予感はあったので、そこで待っていると、数分してキャニオンに虹がうっすらと姿を現し始めた。そして秒ごとに色を濃くして、ダブルになった。素晴らしい景観に、一緒にいた3人で大喜びだった。 マノアに帰ってきて、その時に撮影した虹の写真を見ていて、今ふと思った。あ、あれは彼女の虹だったんだ、と・・・。
フラを愛した彼女のスピリットが、ハワイの虹と共にありますように・・・
近頃は、虹が出ることを予測できることすらある。そんなことができても何の得にもなりはしない、とあなたは言うかもしれないのだけど、たまたま友人だったりお客さんだったりするフラガールと一緒にいるときに、虹を見せてあげることができると大変喜ばれるので、それはそれで悪くない特技だと思っている。
虹がよく現れるハワイでは、虹はどんなふうに見られてきたのだろう? 虹に関する迷信はどんなものがあるんだろう?
そんな素朴な疑問をあるとき持って、ハワイアン・カルチャー系の本をいろいろ調べていて、以前興味深いことを発見した。
僕にとっては意外なことだったのだけど、虹は”死”と関連づけられていることがわかった。
というのも、ハワイアンの人の中には虹が現れると「あ、あのあたりに住んでいる誰かが亡くなったんだ」と考える人がいるらしい。
年老いた母親を看病してきた女性が、外出中、目の前に現れた虹を見て、母が逝ってしまったんだと突然泣き出し、虹によって家族の死を知る、というエピソードを、ハワイ語辞書編纂のメアリー・カヴェナ・プクイ女史の本で読んだことがある。
つまり虹は、現世と後世をつなぐために現れるトンネルのようなものとして、ハワイの人は考えたのかもしれない。
『オーバー・ザ・レインボー』を歌ったイズは、生前あるインタビューでこう言っている。 「俺は死を恐れてはいない。だってハワイアンはいつも、こちらの世界とあちらの世界、ふたつの世界に生きているから」。 オリやチャントやフラに名残を見れるように、ハワイの人は昔から、自然界に神(アクア)や守護霊・先祖霊(アウマクア)の存在を感じ、それに祈りを捧げたり、メッセージを受け取りながら、生活していた。スピリチュアルな世界と現実の世界も、あの世とこの世も、3次元の世界と4次元の世界も、別々のものではなく、ひとつのもの、対になっているものとして見ていたのではないか、と想像させる。
僕個人の虹体験がある。20年連れ添った愛猫を、2年前に亡くした。息をひきとった少し後、これまで見たこともないような、濃くて明るいダブル・レインボーがマノアに現れた。息をのんでその虹を見上げながら、僕は心の中でその虹が彼女(愛猫)の虹だと確信させられる思いだった。それはお別れの置き土産のようでもあり、彼女から送られたメッセージのようでもあった。
先週、僕はラジオ番組のためのカウアイ取材旅行に出かけた。出かける朝、友人のフラガールが亡くなったという悲しい知らせが届いた。健康そのものの彼女とは、ほんの数週間前にハワイで再会したばかりだったから、びっくりしすぎてうまくのみ込めないまま旅を続けた。取材しながら、いろいろな景色を見ながら、車をドライブしながら、頭の片隅ではずっと、彼女とのそんなに多くない思い出が巡っていた。もっとフラのこと、ハワイの文化のことを知りたい、と強く思うようになっていた彼女は、ペレとヒイアカの神話をあなたの文章で読みたいから、ぜひ翻訳してくれと、亡くなる直前までメールで催促していた。最後のメールでは、何人かの同志を集めて謝礼をするから、とまで言ってくれていた。
彼女のためにどうしてもっと早く手がけてあげなかったんだろう。そんな思いやなんやかんやで、友人の死をうまくのみ込めない僕の思考はうつろだった。
カウアイ滞在中お世話になったネイチャー・ガイド(彼女もフラ・ダンサー)が、どうしても連れて行きたい、と半ば強引にワイメア・キャニオンに連れていってくれた。茂みの向こうにときどきキャニオンを見下ろしながら走る道をドライブ中、僕の目に一瞬、キャニオンの崖に虹が見えたような気がした。「虹が出てる」と言って、次のルックアウトで車を停めてもらった。車を降りて崖を見下ろしても、そこには虹がなかった。一瞬で消えてしまったのか、それとも幻だったのか。でも虹の予感はあったので、そこで待っていると、数分してキャニオンに虹がうっすらと姿を現し始めた。そして秒ごとに色を濃くして、ダブルになった。素晴らしい景観に、一緒にいた3人で大喜びだった。 マノアに帰ってきて、その時に撮影した虹の写真を見ていて、今ふと思った。あ、あれは彼女の虹だったんだ、と・・・。
フラを愛した彼女のスピリットが、ハワイの虹と共にありますように・・・












