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写真付きハーラウガイド

フラ エレガンス 律 ナカハラ

株式会社 律・中原文化研究所内
〒105-0012 東京都港区芝大門2-8-15 
TEL: 090-8497-3705 FAX: --
メールアドレス: ritsu-nakahara@softbank.ne.jp
空間デザイナー「中原たづ子」が日本のフラの探求をテーマにしたハーラウです。
古代ハワイの精神文化を基に日本の創フラを。
深遠なフラの日本定着が夢。


ハワイの人々が我々日本人にシェアーしてくれたハワイの伝統文化である「フラ」
―多面的に世界的価値のある、又、マイノリティ文化だが、ある程度体系を成している、そして、平和を、祖先が積んだ教えを、人間は大自然の一部論を説く、今日、今後最も重要と思われる人間の英知を内包一体化した単なる踊りではない「フラ」―
このフラを次世代に残すべく、日本人がアイデンティティを失わずにできる方法で広め昇華させ、他の踊りの様に一般社会の共有財産にすることが、我々の役目と考え、長年数々の工夫やこころみをしながら、このハーラウは周囲を牽引しながら歩んできた。
そのためにはまずフラの本質がひそむ古代~近代ハワイについて学説にのっとり深く知ることが必須であり、その勉学も並行させた。
と共に・・・伝統文化は時代の価値観や人の心の営みにより、その本質を携えながら少しずつ姿を新たにし次世代に受け継がれる・・・自然の摂理のように・・・この心の営みを大切にし、その質を育て高める努力も続けている
この様な理念、知性、精神の上にフラはその体表現として初めて成り立つもので、現在流行しているが、踊りが一人歩きしてはならない。
上記内容の解説、フラの動きの指導内容、空間美術とフラの関係性等々について順次お知らせする予定ですので、又のアクセスをお待ちしております。
<お知らせ>
2014年5月24日に「フラを考える会」第4回を開催しました。50人から80人の方々が都度参加して下さり、お食事やお茶などの後に講師と参加者でお話をします。
ハワイアン関連だけでなく多分野の人も交え、フラ文化を踊り中心でなく多角的に捉え考える・・・その中で、フラの本質的なことを探り、フラ文化への認識を新たにすることで“フラをもっと世の中に役立つものに!”という趣旨で開催しています。
次回は11月に開催予定で会場は東京銀座周辺です。どなたでも参加できますので宜しければお問合わせ下さい。(問い合わせ先:☎03-3433-0488 中原宛)

日々雑感(3)
毎日新聞明治14年3月5日号の抜粋です。(旧仮名遣いで読み辛いです)
〇布哇国皇帝陛下(ハワイ国カラカウア大王)には昨日午前七時三十分英国郵船オシャニック号にて横浜へ来着せらる。同港にては該船の入港するを見て停泊の彼我軍艦は彩旗を掲げ二十一発の祝砲を発ちて登桁式を行い其他各商船にも、みな彩旗を掲げて祝意を表し東海鎮守府にては、長官中牟田中将、野村縣令、接伴掛の方々と共に小蒸気船に塔じお召の端船を曳きて皇帝を奉迎し同九時三十五分皇帝には端船に移られ小蒸気船と共に本船を離るるや各軍艦より亦二十一発の祝砲を発ち鎮守府には布哇国旗を掲げ水兵楽隊等門前に整列す。
暫くありて皇帝上陸入府せらるる。此時同府にては該国旗を徹して更に同帝旗を掲げ楽隊楽を奏し、水兵捧銃の礼を行い皇帝には同府にて暫時休息の後ちかねて宮内省より廻されたる御料の馬車にて出府せらる。此時亦た楽隊楽を奏し、水兵捧銃の礼を執り帝旗を撤す。其れより佐野、三崎の両警部先駆し奉り路次毎戸に国旗を掲げて祝意を表し、巡査を整列して護衛を為さしめ、野々村縣令、磯貝書記官、川井一等警部、後馳して同十時伊勢山離宮へ着せられたり。
此時同処門前には予て出張の東京鎮台一中隊整列して捧銃の礼を行い右に付き東伏見宮を始め三条太政大臣、大木、山縣、井上の三参議、上野外務大輔には同日正午新橋発の汽車にて同港へ赴かれ亦、北白川宮、岩倉右大臣、松方、佐野、大山、山尾の諸卿其他陸海軍の将校数名には同午後一時三十分発に汽車にて同港へ赴かれたり。

〇亦、同皇帝には昨夜伊勢山離宮に一泊せられ本日午前十一時三十分、横浜発の別仕立の汽車にて入京延遼館(㊟浜離宮内の迎賓館)にて午餐の後、午後二時参朝せらるる由。

〇亦、同皇帝在京中諸省の勅奏任官はいづれも伺候致すべき旨、昨日太政官より夫々へ達せられたり。

〇亦、同皇帝には在京中、日比谷練兵場(㊟日比谷公園)に於いて我が陸軍諸兵の整列式を一覧さるる由。

上記のように、史実として記載されています。
次回をお楽しみにしてください。<続く>


日々雑感②
見えない糸”に引っ張られているような気がする
『絹貿易の商船もカラカウア大王を奉迎』
横浜開港記念館資料の毎日新聞によると、カラカウア大王が日本への初外交の為、明治14年(1881年)3月4日に神奈川県横浜港に入港とあります。
そして、その様子は翌日の毎日新聞明治14年3月5日号に掲載されています。その記事に「横浜港停泊の各商船がカラカウア大王登桁式(とうこうしき)に於いて彩旗を掲げて祝意を表しカラカウア大王を奉迎した」との一文。この一文に私の眼は釘付けになり「まさか!!」と、我を疑ったのです。
 横浜港停泊の商船・・・当時商船といえば絹貿易の商船です。明治時代の日本経済を一手に担っていた貿易ですから、絹貿易に関わる全ての事柄や人物は明治天皇庇護の下に特別な立場にありました。従って日本国の重要な儀式等には絹貿易の主な資本家は常に招かれて列席していたのです。
私事ですが、私の曽祖父は我が国の絹貿易において当時資本家として重責を担っておりました。その為、横浜を拠点に絹貿易のため商船で日本とヨーロッパを行き来していたのです。上記のカラカウア大王を奉迎した商船の一つは曽祖父の商船に間違いありませんーー!(続く)

日々雑感①
なぜ私はフラ文化にこんなに一生懸命取組んでいるのだろうか?改めて自問自答して見る事にしました。
 長年美術界で仕事を続け、住空間・店舗空間の美術が主であったが、年々舞台空間の美術への関心が強まり、それがフラ文化の世界に踏み入れる大きな要因であったことは確かである。また、ハワイの文化には子供の頃から両親や学校の関係で馴染みがあった・・・いや!!それよりなにより見えない糸(DNA?何かの因縁とか)の問題か?いろいろ思索がめぐります。
実はフラ文化にかかわってから日々何となく感じていたのですが、━私は“見えない糸”に引っ張られているような気がする━という感覚が内在していたのです。その事について少し記してみたいと思います。
そのストーリーは横浜開港記念館から始まったのでした。明治時代にカラカウア大王が外交のために日本を訪れ、横浜港に入港した時の資料が記念館に保存されているのですが、それを見た時私は「まさか!」と、自分を疑いました。
━私は“見えない糸”に引っ張られているような気がする━ これは何も荒唐無稽なことではなかったのだということを発見したのでした。
“見えない糸”とは<続く>





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