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写真付きハーラウガイド

フラ エレガンス 律 ナカハラ

株式会社 律・中原文化研究所内
〒105-0012 東京都港区芝大門2-8-15 
TEL: 090-8497-3705 FAX: --
メールアドレス: ritsu-nakahara@softbank.ne.jp

フラ エレガンス 律 ナカハラ主宰 中原たづ子さんのブログ

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■ 日々雑感③

毎日新聞明治14年3月5日号の抜粋です。(旧仮名遣いで読み辛いです)
〇布哇国皇帝陛下(ハワイ国カラカウア大王)には昨日午前七時三十分英国郵船オシャニック号にて横浜へ来着せらる。同港にては該船の入港するを見て停泊の彼我軍艦は彩旗を掲げ二十一発の祝砲を発ちて登桁式を行い其他各商船にも、みな彩旗を掲げて祝意を表し東海鎮守府にては、長官中牟田中将、野村縣令、接伴掛の方々と共に小蒸気船に塔じお召の端船を曳きて皇帝を奉迎し同九時三十五分皇帝には端船に移られ小蒸気船と共に本船を離るるや各軍艦より亦二十一発の祝砲を発ち鎮守府には布哇国旗を掲げ水兵楽隊等門前に整列す。
暫くありて皇帝上陸入府せらるる。此時同府にては該国旗を徹して更に同帝旗を掲げ楽隊楽を奏し、水兵捧銃の礼を行い皇帝には同府にて暫時休息の後ちかねて宮内省より廻されたる御料の馬車にて出府せらる。此時亦た楽隊楽を奏し、水兵捧銃の礼を執り帝旗を撤す。其れより佐野、三崎の両警部先駆し奉り路次毎戸に国旗を掲げて祝意を表し、巡査を整列して護衛を為さしめ、野々村縣令、磯貝書記官、川井一等警部、後馳して同十時伊勢山離宮へ着せられたり。
此時同処門前には予て出張の東京鎮台一中隊整列して捧銃の礼を行い右に付き東伏見宮を始め三条太政大臣、大木、山縣、井上の三参議、上野外務大輔には同日正午新橋発の汽車にて同港へ赴かれ亦、北白川宮、岩倉右大臣、松方、佐野、大山、山尾の諸卿其他陸海軍の将校数名には同午後一時三十分発に汽車にて同港へ赴かれたり。

〇亦、同皇帝には昨夜伊勢山離宮に一泊せられ本日午前十一時三十分、横浜発の別仕立の汽車にて入京延遼館(㊟浜離宮内の迎賓館)にて午餐の後、午後二時参朝せらるる由。

〇亦、同皇帝在京中諸省の勅奏任官はいづれも伺候致すべき旨、昨日太政官より夫々へ達せられたり。

〇亦、同皇帝には在京中、日比谷練兵場(㊟日比谷公園)に於いて我が陸軍諸兵の整列式を一覧さるる由。

上記のように、史実として記載されています。
次回をお楽しみにしてください。<続く>

■ 日々雑感②

見えない糸”に引っ張られているような気がする
『絹貿易の商船もカラカウア大王を奉迎』
横浜開港記念館資料の毎日新聞によると、カラカウア大王が日本への初外交の為、明治14年(1881年)3月4日に神奈川県横浜港に入港とあります。
そして、その様子は翌日の毎日新聞明治14年3月5日号に掲載されています。その記事に「横浜港停泊の各商船がカラカウア大王登桁式(とうこうしき)に於いて彩旗を掲げて祝意を表しカラカウア大王を奉迎した」との一文。この一文に私の眼は釘付けになり「まさか!!」と、我を疑ったのです。
 横浜港停泊の商船・・・当時商船といえば絹貿易の商船です。明治時代の日本経済を一手に担っていた貿易ですから、絹貿易に関わる全ての事柄や人物は明治天皇庇護の下に特別な立場にありました。従って日本国の重要な儀式等には絹貿易の主な資本家は常に招かれて列席していたのです。
私事ですが、私の曽祖父は我が国の絹貿易において当時資本家として重責を担っておりました。その為、横浜を拠点に絹貿易のため商船で日本とヨーロッパを行き来していたのです。上記のカラカウア大王を奉迎した商船の一つは曽祖父の商船に間違いありませんーー!(続く)

■ 日々雑感①

なぜ私はフラ文化にこんなに一生懸命取組んでいるのだろうか?改めて自問自答して見る事にしました。
 長年美術界で仕事を続け、住空間・店舗空間の美術が主であったが、年々舞台空間の美術への関心が強まり、それがフラ文化の世界に踏み入れる大きな要因であったことは確かである。また、ハワイの文化には子供の頃から両親や学校の関係で馴染みがあった・・・いや!!それよりなにより見えない糸(DNA?何かの因縁とか)の問題か?いろいろ思索がめぐります。
実はフラ文化にかかわってから日々何となく感じていたのですが、━私は“見えない糸”に引っ張られているような気がする━という感覚が内在していたのです。その事について少し記してみたいと思います。
そのストーリーは横浜開港記念館から始まったのでした。明治時代にカラカウア大王が外交のために日本を訪れ、横浜港に入港した時の資料が記念館に保存されているのですが、それを見た時私は「まさか!」と、自分を疑いました。
━私は“見えない糸”に引っ張られているような気がする━ これは何も荒唐無稽なことではなかったのだということを発見したのでした。
“見えない糸”とは<続く>

■ ハワイ日系移民渡航150周年記念展見学会

東洋文庫ミュージアム(文京区本駒込にある日本最大級の本の博物館)にて、2018年1月~5月に長期開催された当該記念展を、ハラウ有志と共に見学。そして見学後、有志の皆にミニレクチャーをして、移民に対する認識を新たにする。

記念展内容は多角度からの解説、ハワイ関連旧出版物の紹介、移民初期のカラカウア大王サイン入り渡航許可証の展示等盛り沢山で見応えのあるものだった。

考えてみると1700年末英国人船長クック来島から1800年末の日系人移民までのわずか100年の間に歴史的大転換があり、又諸国からの移民による文化混合(融合ではなく)がうずまいたハワイ・・・ハワイの人々の心の柔軟さとはどれ程のものだったのか・・・。
以下、この柔軟さに対する有志の皆への勉強課題
・ハワイ先住民がアイデンティティに対する自覚がなかった。又はアイデンティティ保守のための知的、数学的蓄積がなかったからかあるいは、アイデンティティの根拠の問題からかもしれない
・日本人移民の功績―日本人がいなかったら今のハワイの形は異なっていただろう。勤勉な日本人のけなげな努力により、いくつかの街が産まれ数種の産業等でハワイ経済を支えたことはこの記念展からも読み取れるが・・・他の国々からの移民はどの様だったのか
・ハワイ人口の50%が日本人という時期が続いた情況下で日本の盆踊り(ボンダンス)とハワイのフラとの相互影響はあったのだろうか
・日本の南洋庁(パラオが中心)とハワイ移民とフラとの関係は?
以上研究熱心な有志の皆々はフラ以外のこのような勉強にも励んでいます。

■ 新しい活動の紹介です

社会の諸条件によって
世界中の文化混合が加速しつつあります。ハワイ文化も例外ではないというより1800年代から始まっていたと考えたほうが良いでしょう。このような中、その国や地域のルーツを、古きを知り今に生かしながら将来につなぐということが、今に生きる私たちに課せられていると強く感じます・・・それは人は生まれながらに歴史の「つなぎびと」としての使命を帯びているからに他なりません。そして私は自身の仕事としてハワイを、ハワイ古代の価値観やルーツを知るべくして長年歩んできましたが、今後は並行して自国日本のこと、特に自身の足元である居住地域についても調べてゆきたいと思っていました。そのような時、港区役所発行「港区芝地区情報誌」(季刊発行誌)に出会い新たに編集委員として当該情報誌作成に参加させて頂くことにしました。
今回は”国際化のすすむ港区~芝公園でハラールのチェニジア料理を囲み国際交流を楽しむ~“をテーマに
第一面(表紙)の作成を担当させていただきました。
興味を持っていただけましたらコチラからご覧いただけます

■ “心の平和に向けて”

続き(そのⅡ)-つづき その1の後編としてお伝えしますー

商業化されたフラ舞台の良き参考例“2016年6月9日に新宿文化センター大ホールで行われた「エイミーハナイアリイ リメンバリング ナプア2016全国ツアー」の東京公演”を紹介。以下フラヘブン誌Vol42(2016年10月発売の秋号)に掲載された文章を転載
エイミー・ハナイアリイ創出テーマによる今回の、舞台の創作協力をした、中原たづ子さんに話を聞きました。

~後編~
テーマにある「ナプア」は、1900年中頃パパハレオフラ全盛期ハリウッドやブロードウエイ映画のフラ振付師として活躍した高名な人物―そういえばー前回のエイミー公演の時、エイミーは私共の振りに興味を示し“振付師だった祖母ナプアを思い出した”と言ってました。その振りは「フラロック」と名付けた私の新作の創フラでしたが、もしエイミーがハワイと日本のいわばハパハオレ的融合の様なものをそれに感じ、それが時を経て今回のテーマや舞台に結実したのだとしたら喜びです。加えて今回観客の興味をひいた「プロジェクションマッピングにより舞台に投影されたナプアのフラの動画」の日本人による合体演舞(写真中、下)という演出提案や、日本の演奏家、鴻池薫氏との共演提案を受け入れてくれた事など、更なる喜びです。それはハワイ文化が日々精進している日本人を受容しつつある証拠ではないか・・・またこの本来的融合から意義ある新しいものがきっと生まれるという予兆も感じるからです。
今、公演が生んだ世界は、もし遜色が多少あるとしても、観客を引き付け入場料に見合ったものであり、「日本フラ界」の舞台展開向上の発露のひとつとして意義あるものです。フラの世界にとどまらず、一般客にも本公演が心に響くと嬉しいですね。エイミー始め、本公演に関わった人達は皆同じ気持でいると思いますよ。

フラ エレガンス 律 ナカハラ/主宰 中原たづ子(空間デザイナー)

<写真解説>
上:「南国の夜」を独特な振りのフラロックで。誰もが今の様にハワイに行けなかった時代、日本人はこの歌に憧れを託し、当時ロマンチックな楽園とイメージされていたハワイに思いを馳せたのだった。
中・下:「舞台に投影されたナプアのフラ動画」と合体。同じ曲、振り、衣装で踊る日本の踊り手。

■ “心の平和に向けて”

続き(その1)をお話しします。前回は<商業化されたフラ舞台の良き参考例“2016年に開催の「エイミー・ハナイアリイ リメンバリング ナプア2016ツアー」日本全国ツアー公演の東京公演”を紹介します>と話を終えました。以下その紹介として、フラヘブン誌Vol42(2016年10月発売の秋号)に掲載された当該公演の模様と写真を転載します。

“頭脳的歌姫”正統派エイミー・ハナイアリイの聖なる魔力に酔いしれた2時間!!
テーマは「祖母ナプアの回想」
~ナプアのDNAは、孫からひ孫に受け継がれ歴史の一幕となるだろう~


2016年5月、6月にエイミー・ハナイアリイが来日し、東京をはじめ全国12か所で「エイミー・ハナイアリイ リメンバリング・ナプア 2016ツアー」全国公演を行いました。

6月9日に新宿文化センター大ホールで行われた、東京公演の模様を紹介。

エイミー・ハナイアリイ創出テーマによる今回の、舞台の創作協力をした、中原たづ子さんに話を聞きました。
エイミー・ハナイアリイ全国ツアー公演に参画させて頂くのは今回で3回目です。前2回はフラの部のテーマ創出、構成、演出を手がけさせて頂きました。今回はエイミー創出の「リメンバリング・ナプア」がフラも含めて全体のテーマですが、今回かねて求めていた舞台が実現しました。公演全体がエイミーの歌と語りで埋め尽くされその中に輝く星の様にフラを散りばめ、日本とハワイの踊り手を区別差別することなくアイデンティティある一本化をし、さらに観客にも同じ気分で空間を共有して貰えました。
これはまさに未来的融合の実現です!

次に続く(次も是非アクセスを!)
(注)テーマにある「ナプア」はエイミー・ハナイアリイの祖母で、1900年中頃ハパハオレフラ全盛期ハリウッドやブロードウエイ映画のフラ振付師として活躍した高名なクムフラ。ナプアの貢献でフラの魅力が世界を席巻した。

<写真解説>
上:エイミーの祖母、ナプアの古い画像を投影した舞台演出。
中:緊張いっぱいで踊り終わると、マデリンは母エイミーに駆け寄り安心、可愛いハグを!親子愛に観客は涙。エイミーは熱心な歌の指導で観客との心の交流を、それが公演全体にあふれていた。
下:ナプアそっくりに踊るひ孫のマデリン。DNAは裏切らない。

■ “心の平和に向けて”

--遠く永く、祖先が積んだ英知ある教えを内包した平和の使者「フラ」
 この深遠なフラの日本定着を。
 その実現に向けて古代ハワイの思考を土台に日本での創フラを。--


さて日本でのハワイアン音舞の流れを顧みると、昭和30年~40年頃の第1次ブーム期には音楽が主体であったと思う。
それからしばらく間をおき時代の経過の中で人間の視覚に訴えるものが優先される様になっていった。そして現在、平成に入り徐々に、第2次ブーム期に突入―――当然の成り行きとして音楽より舞「フラ」に目が向けられる様になり、又フラの商業化が進んで一般の人々にも広がりつつある。

しかし、フラの成り立ちから、あくまで音楽とその詩(オリ)が主役であり、フラはその補足である。
従って音楽と詩の中味を忠実に生かすべく、日本人としての創意あるフラの表現法・演出法が重要なことは必至---古代ハワイ思考の探求と共に---。

それに加え一般の客を対象にしたフラの商業化に於いては、フラの質を見据えたマーチャンダイジング及びフラ界の客観的考察が欠かせない。
そして今、頻繁に繰り広げられているフラ舞台については客に見せると言うことへの意識改善が必須である事は多くの人が感じているだろう。

この様にしてハワイ人民がシェアーしてくれた平和の使者「フラ」に関わる全てが、日本で昇華されてゆけばきっと、一般の人々からの評価も高まり社会的認知レベルも向上してゆくことと思う。―「フラ」日本定着への第一歩となりますように!―

次回は商業化されたフラ舞台の良き参考例“2016年に開催の「エイミーハナイアリイ リメンバリング ナプア2016ツアー」日本全国ツアー公演の東京公演”を紹介します。
それから商業化された舞台公演の評価判断に対する私のエネルギー源について、そのストーリーも紹介できたらと思いますので又、アクセスしてくだされば幸です。Mahalo!

■ 自前のパウで、新星たちが大舞台で表情豊かに輝きました

去る6月18日、練馬文化センター大ホールにて実施された「ハワイアンミュージック&フラコンサート」東京公演が、今回は当ハラウの新星たちの初舞台となりました。彼女たちは大手フィットネスクラブで開設しているフラエレガンススクールの生徒さん達です。
大舞台には初挑戦でしたが、堂々と演じ切り、歌に合わせ表情も表現もコミカルに演じ切ることができました。衣装はレッスン用の持ちパウでのコーディネィトでしたが、華やかで立派でした。
HAPA主催のバリー・フラナガンが病気の為不参加でしたが、演出として当ハラウのベテランダンサー2名がミミュージシャンとの絡みのある創フラを加え、新鮮な舞台をお客様にプレゼントできました。

■ 10年間 続けてきた日本全国で開催の大イベントへの参画

今年も「HAPA」全国ツアー公演2017 “HAPA MELE HULA HOU”東京公演(練馬文化センター大ホール)に参加させていただきます
今回の「HAPA」大イベントは6月18日の東京公演の他 6月9日~6月25日に 藤沢 千葉 所沢 静岡焼津 大阪 群馬前橋 宮城 山形 名古屋 愛知知立 兵庫伊丹 沖縄 の各地で開催されます
私共のハラウは ~キス アンド ネバー テル~ をコミカルバージョンで新星たちが演じます。ご期待ください。
■ご案内
6月18日の練馬文化センター大ホールにおける東京公演につきましては、主催者から良いお席を融通していただいており、S席6500円につきましてはまだ、少々余裕がございます。ご希望の方は中原まで電話にてご連絡ください。留守番電話になった場合にはご連絡先とお名前をお残し下されば後ほど、ご連絡申し上げます。
電話 090-8497-3705(中原)